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2006年12月08日

分からないなら分からないなりに…

分からないことは無理に分かろうとせずに横に置いといてとりあえず進む。
そういうのが必要になる場面は良くあると思う。

例えば、英文を読んでいると何度読んでも全く意味がつかめない文があったりする。正しい訳を見せられれば一瞬で納得できるのだけど、一度誤訳してしまうと罠にとらわれたように間違った解釈から逃れられなくなってしまう。そんなときは、とりあえずその文はわからん文章として穴をあけといて、先に進んでしまったほうが良い。国語の穴埋め問題のように、前後の文脈から穴に入る文章の意味が類推できることは良くある。

僕はわりとそういう「わからんものをわからんままに放置する」能力はあると思っているのだが、それもやりすぎると問題だなーとも思う。例えば、仕事の見積もりをするとしよう。ゲーム開発の見積もり(に限らず多くの仕事もそうかもしれないけど)というのは、不確定要素が沢山あってなかなか難しい事が多いのだが、その一つ一つを全てわからんと放置しだすと、放置した穴だらけで結局何もわからないという状況になってしまう。

そういうときは、分からないなりにもっともらしい仮定を穴に埋めてみて、そこから考えを進めていくというべきなのだと思う。ある仕事があって、一つこなすのにどれだけ時間かかるかわからないし、それが何個あるかわからないとしても、最速でも一つ一日はかかるだろうとか最低でも何個は必要だろうという予想ができれば、そこから導きだされる結果で一番楽観的な見積もりはできるわけだ。楽観的見積もりでさえも大きすぎるとすれば、仕事の目標や手法を考え直す必要がある。出発点が仮定だとしても、導き出された結果にある程度のリアリティーはあるのだ。

しかし、僕はこの「分からないものを仮定する」という行為がどうも苦手だ。いろんな場合について仮定して結果を考えてみるという地道な作業が嫌いなようだ。「放置しておいたら後で上手く埋まるさ」とか「わからんものはわからんから考えても無駄」という考えに逃げがちなのだ。でもねー、頭では分かってるんだ。こういう面倒だけど地道な作業ってのが結構大事だってこと。

必要性を意識して慣れていくしかないんだろうなー。

投稿者 sike : 2006年12月08日 04:16

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